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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1914号 判決 1984年4月12日

原告(反訴被告、以下「原告」という。)

井上安嗣

右訴訟代理人弁護士

古家野泰也

小山千蔭

深尾憲一

塚本誠一

被告(反訴原告、以下「被告」という。)

日本電信電話公社

右代表者総裁

真藤恒

右指定代理人

前田順司

武部文夫

池口睦男

村田巧一

熊谷弘二

石﨑清博

衣笠昌昭

藤野統夫

坂東一文

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告は被告に対し、別紙(略)物件目録記載の部屋を明け渡し、かつ、金一〇万二八九〇円及び昭和五八年三月一日から右明渡ずみまで一か月金一二七〇円の割合による金員を支払え。

三  原告は被告に対し、金七五九万円及びこれに対する昭和五八年三月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告の負担とする。

五  この判決は、金員の支払いを命ずる部分に限り、仮り執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(本訴)

1 被告と原告との間で雇用契約関係が存在することを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(反訴)

1 被告の反訴請求をいずれも棄却する。

2 反訴費用は被告の負担とする。

二  被告

(本訴)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

1 主文第一、二項と同旨

2 反訴費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

《以下事実略》

理由

第一本訴について

一  原告が昭和四〇年四月被告に雇用され、同四四年一〇月からは西山局営業課に勤務してきたものであること、被告が同五〇年一〇月三日に公社法三三条に基づき別紙記載の処分理由をもって原告を懲戒免職処分(本件処分)に付し、翌四日辞令書を交付したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

二  本件事案の概要について

1  本件非違行為及びその直前後の事情

原告が昭和五〇年九月一八日午前一一時ころ来客と応対中であった上司の西山局営業課長大西を呼び捨てにし、同日午後二時三〇分ころ大西より注意を受け、この直後大西の左頬に一回暴行を加えたこと、その直後大西がボテ箱上に転倒したことは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実に(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 西山営業課長大西は、昭和五〇年九月一七、一八日に課員三名を泊出張(本件泊出張)させることを計画し、八月二一日及び九月三日の二回の職場懇談会の席上この件につき課員に告げたが、営業課受付係で職場委員でもあった原告が大西の指示を無視して右懇談会に出席しなかったため、本件泊出張実施前日の同月一六日、原告に対しても別途本件泊出張について告げたうえ、「受付が不在になるので頼むよ。」と言っておいた。ところが、原告は、この際も大西を無視し、その内容を確認もせずに右出張は泊を伴わないものであるなどとひとり合点していたが、翌一七日に至り、これが泊出張であることを確知するや、本件泊出張を慰安的性格のものと判断し、後記(2の(一))本件凍結の経緯にもかかわらず、右凍結措置後も、このような慰安的性格の泊出張は事前にその人選、内容等につき職場委員を中心とする課員で協議決定する旨の従来からの慣行が生きているとの自説を有していたため、大西がこれを無視し、泊出張である旨知らせないで職場委員の原告らにその事後承認を余儀なくさせたなどとして、翌一八日午前九時二〇分ころ、大西に対し、「西山局の慣行を知らんのか。」などと抗議し、これに対し大西が事前に職場懇談会で職員に知らせ、また、同月一六日には原告に連絡した旨説明したところ、「訓練かと思った。」、「この頃課長は独断でやっていることが多い。」、「今後出張はやらせない。」などと放言し、更に、大西が「出張命令は、本来課長が発令するものであり業務命令である。」と反論するや、原告は、「今後、課長と呼ばない、おれが便利に使う。」と怒鳴った。

(二) ところで、同月一八日は本件泊出張のため窓口出納の専担者が不在となっていたので、大西は臨時に吉江課員を指名していたが、同日午前一一時ころ営業課出納窓口に客が来た際にはたまたま右吉江が席をはずしていたところ、原告は、受付席で待機中であり、しかも自らも出納事務を処理する資格と権限を有していたにもかかわらず、執務室の奥のやや離れた応接席で岡三証券京都支店長代理加藤良一外一名と営業上の面談中であった大西に対し、抗議の意味も含め殊更に大声で「大西、大西」とその姓を呼び捨てにして窓口客と応対するよう促した。やむなく原告の後の席で執務中の米林係長が右客と応対して収納をすませ、その場を処理した。大西は、応対していた客が帰った直後、原告に注意しようとしたが、同人が丁度客と応対していたし、その後も席を立ってしまったため、午前中はその機会がなかった。

そこで同日午後二時半過ぎころ、大西は、受付に客がいなくなり、受付の職員も原告だけになったのを見計らって原告の席へ出向き、中腰で原告に対し、「井上さん、大声で怒鳴らんでも静かに話してくれ、井上さんも学校を出ていることだし、分っているでしょう。そういうことをすると人格にかかわりますよ。」等と静かに注意をし始めた。これに対し原告は、ゆえなく、これを自己、更には西山分会への中傷、誹謗と解釈し、聞くに耐えないものと感じ憤慨し、「しつこい」と言い返し、これに対し大西が重ねて注意を繰り返すと、原告は興奮して再び「しつこい、お前とは話をせん。」と反抗的に言い放ったため、大西も「お前とは何ですか。」と反発したところ、原告は急に立ち上がりざま、平手で大西の左頬を一回殴った。続いて、殴られた大西が反射的に原告の両肩に手をおき、たまたま前方にあった時計をみて、「二時三七分、暴力を振った。」と叫んだところ、原告は更に大西の胸を手で突いた。このため、大西は後方のボテ箱上に尻もちをつく格好で倒れ、反動で眼鏡がずれ、尻を打ち、全治三週間の口唇部裂創、臀部打撲傷(通院は同日、同月二四、二五日のみ)を受けた。

(三) 右暴行直後、大西が傍らにいた米林係長に「見たか。」と確認を求めたのに対し、同人が「見た。」と応答したところ、原告は、その直後に西山分会長に呼ばれて部屋を出て行く際、通り掛けに執務中の米林に対し「米林さん、あんたとは対決するからな。」と捨てぜりふを残して去り、引き続き同日はそのまま自席に戻らず、上司に無断で執務を離れた。

(四) ついで本件非違行為のあった一、二日後、原告が昼当番に当たっていたので、大西が原告にその旨伝えたところ、原告は本件非違行為以前と同様に「昼当番をやらん、課長が自分でしろ。」と放言して自らの当然の職務である昼当番を拒否し、二人の係長の説得も聞き入れず、ためにその内一名が代わって昼当番をなした。

(五) なお、原告は、本件非違行為の当日から大西とのいきさつばかりにこだわり、分会書記長らに対し大西及び西山局等に頭を下げる気はない旨言明していたところ、同月二二日ころ、京都都市管理部が京都支部を通じて原告の謝罪意思を確認してきた際にも、謝罪することを拒絶した。もっとも、原告は、同月二五日ころ、懲戒免職処分になる旨洩れ聞いた分会書記長から再度謝罪意思を確認され、その翌日になって謝罪してもよい旨同人に告げてはいるが、そのころには既に被告の懲戒委員会で本件処分が決定しており、組合側ですら時機を逸していると考えざるをえないような状況であったため、結局右謝罪は実現しておらず、他面、原告はその当時通常どおり勤務し毎日大西と顔を合わせていたのであるから、その気にさえなれば非公式にでも謝罪の意を表わすことは極めて容易であったのに、全く謝罪しようとせず、その後も大西や被告に対し何ら謝罪していない。

以上のとおり認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告は、右大西の注意は一たん問題が結着した後、意図的に原告を挑発ないし刺激するための行為であった旨主張するが、右認定の経緯及び大西の発言内容に照らし原告の右主張は首肯できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、大西の受傷程度についての原告の主張は憶測のきらいがあり、これを裏付けるに足りる証拠を欠くものであって、にわかに採用しがたく、更に、本件非違行為後原告に改悛の情があったとする原告の主張も、原告が一時謝罪する気になったことは右認定のとおりであるとはいえ、その前後の原告の態度及び(証拠略)の記載に照らせば、右謝罪意思をもって積極的なものとは評しがたく、原告に真に改悛の情があったものとも認めがたいから、この点に関する原告の主張もまた理由がない。

2  本件非違行為に至る背景事情

(一) 本件凍結及びそれまでの西山局の実情

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 団交方式と職場委員の地位について

被告と全電通は、昭和二七年以来、団体交渉方式に関する協定を締結し、この方式に従って団体交渉を進めてきた。右協定によれば、団体交渉は、中央交渉委員会、地方交渉委員会、支部交渉委員会及び職場交渉委員会を設置して行うものとされるが、そのうち職場交渉委員会は、西山局を含む電報電話局等の各種事業所に設置され、被告及び全電通から各委任を受けた労使各七名以下の職場交渉委員によって構成されている。また、各交渉委員会の団体交渉事項は、当該交渉委員会が設置される各機関の管轄する職員にかかり、当該機関の長の権限に属する事項についてであるが、特に職場交渉委員会については、権限外事項及び管理運営事項について現場機関における団体交渉の混乱を防止するよう義務付けられている。

そして、分会は被告の職員で構成された全電通の下部組織(職場組織)であるが、その性格は全電通の支部の補助機関であって、その機能は職場活動にあり、分会執行委員会が分会における組合業務執行の最高責任を持ち、分会執行部が職場闘争等の指導を行う。なお、各部課には職場委員が設けられるが、これは執行部のごとく投票等で多数の意思の代表として選出されるものではなく、自選又は他選により、各部課と執行部のパイプ役の役割をするもので、通常、執行部のように職場交渉委員として選出されることもなく、したがって、正規の団体交渉をする権限を有しない。原告を含む西山分会の職場委員も、このような役割を担うものにすぎず、正規の団体交渉をする権限は全く有しなかったものである。

(2) 西山局繁忙問題と二六項目メモの成立

西山局では、昭和四八年ころをピークとして、大規模な電話架設及びこれに伴う工事支障等のため繁忙となり、これに対し被告においても同四九年一月、同年三月及び同五〇年三月に各一名の要員増をするなどして対処してきたものであるところ、西山分会では右繁忙による労働条件の低下につき、大都市局との格差是正等を求める動きが活発となった。そして、西山分会では、右運動に際し正規の団体交渉方式(職場交渉)とは別に、法規又は協約上の根拠を持たない課長交渉、すなわち職場懇談会の席上等で職場委員が中心となって課長と話し合いを行うことによって運動を推進する方針がとられた結果、局内各課において右課長交渉が盛んに実施されるようになったが、次第に、その機会にヤミ休暇、ヤミ超勤等その内容自体不当な要求がなされたり、集団で課長を吊し上げ、要求の応諾を強要する等の行き過ぎが目立つようになった。これに対し、西山当局は、そのような運動方法がとられていること及びその行き過ぎについてある程度把握していたものの、これに強く対処すれば職員らの作業拒否を惹起するのではないかなどと恐れて有効な対策に苦慮していた状態にあった。

このような中、原告は同四八年一〇月営業課の職場委員に就任し、同年一一月三〇日、職場委員としての資格で安田営業課長に対し、後記二六項目メモとほぼ同内容の要求を記載した職場要求書を提出したが、これに対し安田が、おおむね、要求に副うよう努めるが課長権限に属しない事項等については応じられないという趣旨の回答をするや、これを不満として、同年一二月三日から五日までの三日間にわたり(主に午後五時以降)、職場委員の原告が中心となり多勢で、「こら春松(安田の名)、西山がどんなところか知らしたうか。」、「春松、お前いつになったらオレたちのいうことが守れるのか。」、「二六項目が解決するまでは何日でも缶詰状態の中で続ける。今夜も食事ぬきで徹夜する。」「お前死なんとなおらんか。」などと怒声を浴びせ、又は机を激しく叩く等して安田を脅迫、強要し、遂に、同月六日、安田をして二六項目メモ(<証拠略>)を作成交付せしめるに至った。なお、右二六項目メモの内容は丁寧な約束文章形式でかかれ、「工事支障関係業務については課長がやります」「窓口、出納を担当します」「担務編成については職員全員が決めたことを事後承認とします」「昼当番は課長がやります」「免許未取得者に対しては本人の申出により、その訓練に必要な時間(半日)を付与します」「毎日一二時一〇分前から休憩させます」「毎日二交替で午後二時半頃から三時半頃までに三〇分間休憩を認めます」等、職制法規上の課長権限の内容にかかわる項目や課長の自由処分ができない事項が含まれていた。そして、課長権限で可能なものは、職場懇談会の月一回開催、各種会議への参加に際し、事前事後の全員討議報告の場の設定の二項目にすぎず、これとて本来課長が係長等の意見を参考としつつ、業務上の必要性を勘案して自由な裁量判断により決すべきものであり、「ソファー購入」等五項目は西山局として予算の枠内で決定可能なものであるが、局内上部機関との十分な打合せなくして課長が直ちに約束できる性質のものではなかった。

(3) 本件凍結の経緯

右二六項目メモの存在を知った西山局の上部機関である京都都市管理部は、これに対応する組織である京都支部に対し、二六項目メモは正規の団交方式によっていない点、脅迫、強要の背景のもとに作成されている点及び内容が不当である点において組合側の行き過ぎであるから然るべく指導するよう申し入れ、同支部もこれを了承し、双方の指導下で、同月一四日、西山局において、西山局局長から分会執行部に対し二六項目メモの破棄が通告され、執行部においても遺憾の意を表明して、この問題に一応の結着がつけられた。ところが、同四九年二月の定期人事異動に際し、西山局では線路宅内課を除く全課長が局外へ転出したが、その事務引継の段階で、業務課以外の各課においても二六項目メモと類似の内容のものが存在し、ほかにもヤミ休暇、ヤミ超勤等その成立経緯や内容等において不当なヤミ協約ないし慣行が多数存在することが判明したため、同月二〇日、京都都市管理部は、京都支部に対し、正規の団体交渉以外の場において形成された慣行等は京都支部としても整理、凍結すべく分会を指導してくれるよう申し入れたうえ、西山局に対し正規の団交の席上でこれを凍結処理するよう指示し、京都支部においても右団交に応ずるよう分会を指導した結果、同年三月八日、西山局において、これに関する正規の職場交渉の機会がもたれた。そして、その席上局側から正規の団体交渉以外の場において形成された当局における諸慣行並びにヤミ休暇、ヤミ超勤、ヤミ出張のすべては上部機関へ吸い上げられ以後凍結されること、これらの扱いについては上部機関の段階で取扱われ別途結論が出されることが通告され、一部議論はあったものの分会側もほぼこれを了承し、以後双方が労使間の正常化に努力する等の確認を行なった。そして、この中で局側は、労働条件上の問題を協議するのは正規の団交の場である職場交渉によるべきであること、職員の意見を尊重することが大切なのはもちろんであるが、職場においては作業指揮権を持つ課長とこれに服する職員の関係で対処すべきであり、そこでの紛議は窓口で団交になじむものであるか否かを整理し、これになじむものだけを正規の職場交渉で処理すべきである旨強調した。

(4) 本件凍結の効力

以上の結果、二六項目はもとより、同日現在行われていた諸慣行、ヤミ休暇、ヤミ超勤、ヤミ出張の類はすべて凍結されて一たんその効力を失い、正規の職場交渉又は上部機関段階で別途新たな取り決めがなされない限り、以後右慣行等は何ら西山局側を拘束せず、したがって、そのうち課長権限事項についていえば、従前の慣行等にかかわりなく当該課長において妥当な方法と裁量によりこれを専決すれば足りることとなった。

なお、安田の後任課長である大西は、右職場交渉に出席した後、原告を含む全課員に対し、右のような経緯で二六項目等諸慣行が凍結された旨周知しており、以後、営業課においても従前のような形で慣行等が実施されたり、課長交渉が行われたりすることはなくなった。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告は、本件凍結は西山局において課長交渉によらず自然発生的に形成されたカギ休振替、日額出張費配分、泊出張実施の事前職場協議等の慣行までその対象とするものではなく、もし被告が前記職場交渉の席上このような慣行の凍結まで通告したというのであれば、組合がこれに同意した事実はないから労使慣行の一方的廃棄として許されない旨主張する。しかして、右職場交渉の席上西山局側のした凍結通告が右のような慣行をも含めて一たん凍結する趣旨であることは(証拠略)に照らしても明らかであるところ、右慣行については、そもそもそれが自然発生的に形成された慣行と認められるかについてはしばらく措くとしても、少なくともその廃止等につき使用者側を法的にも拘束するような確立した労使慣行が成立していたものとまで認めるに足りる証拠はないから、西山局側が右凍結通告をもってこれを一たん凍結することに何らの支障もないというべく、したがって、組合側の同意の有無にかかわりなく、これらの慣行もすべて凍結されたものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は本件凍結は凍結事項の範囲、上部段階での整理、処理方法、凍結中の諸問題の扱い方等不明のままで、西山局のかかえる繁忙対策も提示しないでとられた不当な措置であったため、西山局の労使関係に深い傷痕を残し、後記営業課の対立関係発生の遠因となった旨主張するが、前記認定事実によれば凍結範囲が不明とはいえず、その他の凍結後の処理方法、繁忙対策等の問題については、凍結時にすべてが明確な形で一挙に協定されていなくても、分会としては、少なくとも組合の正規のルートを通じて正規の団交により、あるいは組合上部組織へ働きかけることにより上部の団交で右問題点を処理する正規の手段方法を有したものであるから、右問題点の扱い方が必ずしも不明、不当なものとはいえないし、また、この正規の処理方法に期待できない等特段の事情を認めるに足りる証拠もないのであるから、右問題点を一挙に協定しなかったことより直ちに本件凍結が傷痕を残したということはできず、右原告の主張は当たらない。

(二) 原告と大西間の緊張対立関係について

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 大西は、赴任後上司圓井西山局長より注意を受けたこともあり、営業課の従前の服務関係は極めて問題が多いとの理解に立って、服務規律の回復を図ろうと企図し、本件凍結及び課長と課員関係についても前示西山局側見解の趣旨に副う関係を忠実に維持確立しようとした。一方、原告は、熱心な組合活動家で昭和四五年一〇月から同四八年九月まで西山分会の執行委員であり、同年一〇月以後は職場委員となって、自己が労使間交渉の場と考える場合においては激しい言辞をもって管理者に当たってきたところ、勤務時間中における職場においても、課長との関係を労使間の利害の対立関係ないし闘争関係としてとらえていた。そして、二六項目メモについては課員全体に資するものとして自賛し、課長交渉は労働者の正当な大衆底辺行動であるとの見地から本件凍結を被告の暴挙とみて、容易に承服しかねていた。そのため原告は、本件凍結の経緯にもかかわらず、ヤミ休、ヤミ超勤あるいは二六項目メモに直接かかわるような慣行はともかく、カギ休振替、日額出張費配分、担務編成替や泊出張実施の事前職場協議などの取扱いはなお維持されるべきであるとの自説を固執し、本件凍結後も職場における課長個人に対する要求という従前の職場交渉と類似のやり方で右取扱いを回復しようとし、ために大西との間に対立緊張関係を高めるに至った。

(2) なお、その推移は、以下のとおりである。

(ア) 昭和四九年三月ころ、原告は大西に対し、カギ休振替(カギ休、時短週休とは、完全週休二日制に至るまでの暫定措置として被告と全電通との協定により設けられたもので、同協定には同休暇を定着させるため、「みだりに変更してはならない」旨の付帯条項が付されていた)を認めること、工支担務を従来どおり課長専務とすることの二点を申し入れた。これに対し、大西は、後者については当時膨大な未処理書類が滞っており、また客の納得を得るために課長が担当するのが適している例が多かったため、一応これを引継ぐこととし、前者については「凍結状態である以上できない。こんな状態を惹起した君は、今までのやり方を真剣に反省すべきです。」と答えて、これを拒否した。

(イ) 西山局においては、従来、日帰り出張旅費について、出張の有無にかかわらず課員全員に毎月四、五回分一、〇〇〇円程度の出張旅費を支給する取扱いが事実上行われていたが、大西は、右取扱いは出張をしていない者に対しても出張旅費を支給する点でヤミ出張に当たり、本件凍結により凍結されたものであったことから、同年五月、右取扱いを改めて、発令に基づき実際に局外で仕事をした者にのみ旅費を支給することとし、右出張者は帰局後就業規則二〇条の規定に従い出張復命書を提出するよう課内に指示した。ところが、原告は、従来どおり全員に日帰り出張旅費を支給せよと再三要求し、従来の取扱いは凍結されたといって右要求を認めない大西に対し、「課長権限でそれくらいはできるはずだ。」「これを認めなければ今後職場の運営に協力しない。」「一人歩きできなくなるぞ。」などと放言した。

(ウ) 原告は、昼当番が職員の正規の職務であるにもかかわらず、安田課長時代より、これは組合員が恩恵的に担当しているものと考え、安田に対する交渉を有利に展開するための手段として昼当番拒否を課員に呼びかけたこともあったところ、職場委員として昼休み時間に職場集会を開くに際し、大西に対し昼当番組合員と交替して昼当番を担当してもらいたいと申し入れたが、大西は課長が昼当番を担当することは凍結事項に当たると考え、拒否した。そこで原告がこの問題を西山分会にもち込み分会執行部の正式要請の結果、大西も右交替を了解するに至った。

(エ) 原告は大西に対し、従来からの慣例であるとして、同年一〇月二三日の電々記念日に課長個人が課員に寿司を振舞うよう要求し、大西から「言われて出すようなものではない。」とこれを拒絶されるや、「寿司を出さないならば当日はどうなっても知らんぞ。」などと言い、更に右問題に関し昼休みに職場集会を開こうとしたが、昼当番を残すようにと大西が要請したのに対し、「昼当番はさせない。」、「課長がやれ。」、「ばかやろ、ばかやろう」と怒鳴り、たまたまそこへ来合わせ「こんな奴と話をするな」と口走った服部次長に対しても「なに、老いぼれ次長のばかやろう。」と大声をあげ、同次長より「客がいる、静かにしなさい、業務命令だ。」と帰席就務の注意をされて自席に戻った。同次長は原告の罵声に驚いていた客に対し謝罪したが、同客より「お客を前にしてなんだ。」と非難された。

(オ) 昭和五〇年四月一日付で営業課に一名の増員があり、これに伴う課員の担務替えが行われることとなった。ところで、原告は、本件凍結によりその扱いが凍結されているにもかかわらず、従前どおり担務決定は職場委員が課員全員の意思を組合民主主義の方法により定め、これを課長が形式的に事後承認すべきものと考えていたので、大西に対し、「職場の意見もあるので、とりまとめたい。」旨申し入れ、大西から「本来的には課長権限で決定すべきことであるが、職員の希望も聞く。」旨の答えを得るや、担務案の作成を自らに一任されたものと速断し、課員のアンケートなどをまとめて担務案を作成し大西に提出したが、他方、大西も各係長の意見を聞いて自らの担務案を作成し各係長をして係員に説明させ、これを検討させていた。そこで、大西は原告の提出した担務案をも検討した結果、同案は業務運営上支障があると判断したが、なお、同月一七日課員を集めて右問題に関する懇談会を開いた。ところが、協議の進むうちに原告作成の担務案には必ずしも賛成が多いといえないことが判明し、原告が「皆の真意は分かった。明日から新入社員は出納もさせない。」と怒鳴って退席してしまったため、結局、大西が担務変更を決定して問題を落着させた。ところが、原告は右経緯を大西の組合活動に対する悪質な介入と考え、その後大西が大西の担務案を原告に示した際にも、「課長権限を発動して職場の意見集約中に中止させた、あやまれ。」などと反発した。

(カ) 昭和五〇年七月一六日、原告は、個人的理由でカギ休の変更を要求したが、大西が認めなかったので、「変更しないのなら、今後昼当番はやらん。」と反発し、引続き翌日は原告が昼当番に当たっていたが、原告は「わしの要求をのまない限り昼当番はしない。」「これ以上課長と話をする必要はない。今後課長とものを言わない。」と言って、大西が課長命令である旨明示して昼当番を命じても、これを無視する態度をとった。そこで二人の係長が原告を説得したが、聞き入れなかったため、結局米林係長が代わって当日の昼当番をつとめた。

これ以来、原告は大西の業務上の連絡あるいは指示についても返事をせず、無視する態度をとり続け、本件非違行為に至った。

(キ) 昭和五〇年七月、大西は前記(ア)のような経緯から自ら担務して来た工支担務を、課員を指導して課員にやらせるようにしたところ、原告は、これは課長がなすものと確認済であるとの考えに立ち、大西に対し、なし崩し的に課員に肩代わりさせている旨指摘、抗議し、これに対し大西は「時間内にできるだけやってもらえばよい。」旨答えた。

(ク) なお、原告が本件非違行為を犯す直接の発端となった泊出張実施の事前職場協議に関する対立については、前記1の(一)のとおりである。

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告は、凍結後西山局の営業課を除く他課において、カギ休振替、担務変更や泊出張実施の事前職場協議等凍結前の種々の慣行が実施されるようになった旨主張し、(証拠略)中には右主張に副う部分もあるが、いずれも曖昧で、前記認定の凍結の内容、経緯並びに原告が大西に対し右各事項につき諸要求をした際、その理由として他課では要求どおりの扱いがなされている旨特別に強調したことを認め得る証拠がないこと等に照すと右各証拠のうち原告の右主張に副う部分はにわかに信用できず、他に右各事項につき凍結前慣行の復活若しくは凍結後に新たに慣行として形成されたことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、大西はいたずらに、拒否的かつ反組合的対応に終始し、管理者として不適格者であったもので、これに比べ、原告は生来真面目で優秀な人材で本件非違行為当時においても職場の信頼を多数得ていた旨主張する。大西の欠点については右に掲記した各証拠中に原告の右主張に副う部分もあるが、いずれも曖昧で推測の域を出ないので、これらの各証拠をもって大西が管理職として不適格であったと断ずることはできないし、また原告の長所についても右各証拠中には原告の主張に副う部分もあるが、いずれも具体的根拠に乏しく、前記認定の原告の一連の言動に照らせばそのままにわかに措信できず、他に大西の欠点及び原告の長所に関する事実を認めるに足りる証拠はない。

3  原告の平素の勤務態度について

(証拠略)を総合すると、所定の出勤時間の基準を入門時間とするか、あるいは着席時間とするかにつき被告、全電通間に議論があったものの、従前から原告ら西山局の一部職員の服務規律には乱れが多く、ために昭和四九年二月一五日圓井西山局長より全課長に対し、職員の出退時間等の乱れを注意し、その状況を記録するよう指示があり、これを受け大西は営業課員の出勤時間を毎日チェックし、遅刻者に対して厳重に注意する等してきたところ、原告は、その後も所定の着席時間八時三〇分を守らない等勤務状況が悪かった。殊に、同五〇年七月から同年九月の三ケ月間においては、出勤すべき日五八日中早朝年休の三日を除く五五日にわたり、最短二五分間から最長四五分間もの遅刻をなし、この間の出勤着席時刻は八時五五分がわずか七回で、他はすべて八時五七分以後で、九時以後が三八回にも及び、他の同僚に比べ著しく悪く、これに対し、大西より再三にわたり注意を受けても、反抗的言辞を弄し、又はこれを無視して一向に反省の色を見せなかったこと、また原告は被告から支給される制服を着用しないことが多く、同じく大西より注意を受けても無視したこと、執務時間中無断離席をすることが多かったことが認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお原告は、被告は出勤管理につき全般的に寛容な面があり、原告程度の遅れはその許容範囲内である旨主張し、右主張に(証拠略)は、右遅刻の程度及び(証拠略)に照らし措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もないので、右原告の主張は理由がない。

4  本件処分手続の経緯について

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告懲戒規程によれば、所属長は所属職員等に懲戒該当事実があると思料するときは、すみやかにその事案を調査し、処分権限者に上申すべく(一一条)、本件のように、通信局長が懲戒処分をなすときは、通信局副局長等からなる懲戒委員会の処分の可否、量定についての審査結果の答申に基づいてなし(一一条の二)、処分は原則として非違発覚後二ケ月以内に行うべきものとされ(一二条)、被処分者に対し、事前に陳述弁明をきく、いわゆる聴問を行うべき旨の規定は右懲戒規程、就業規則上も存しない。

(二) 本件非違行為当日、たまたま、京都都市管理部で機関長会議が開かれており、これに圓井西山局長、京都都市管理部吉田次長が出席していたところ、この会議中に西山局庶務課長より圓井局長に本件非違行為が報告され、更に通知を受けた関係者が本件非違行為を執務時間中の上司に対する暴行の点のみで既に悪質重大事案と評価したこともあり、即刻処分権者である通信局長、更に本社にまで連絡され、下部段階で然るべき工作の余地がなかった。他方京都都市管理部、近畿通信局より対応労組に本件非違行為発生の通知がなされた。

(三) そこで、事件の翌日処分権者により現場検証が行われたが、その際被告は、大西からは事情聴取をなしたが、同じ現場の自席にいた原告からは右聴取をなすことがなく、その後も始末書の提出を求めることもなかった。続いて近畿通信局で二、三回、大西課長、圓井西山局長より、京都都市管理部でも西山局管理者より、業務日誌等により種々事情聴取がなされ、合わせて京都都市管理部吉田次長より京都支部執行部を通じ原告に謝罪の意思の存否の確認がなされ、右意思のない旨の京都支部よりの回答を受けた後本件処分がなされた。

(四) 通信局上部段階では本件非違行為、原告の従来からの勤務態度、謝罪もせず、反省の色のない点等を総合判断して、一たんは刑事告発措置をとることを考えたが、最終的には原告の将来を考え温情として右告発をとりやめた経緯がある。

以上のとおり認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  本件処分の効力について

1  懲戒事由の存在

被告が別紙記載の処分理由により原告を本件処分に付したこと、原告により右処分理由に合致する非違行為(前記二の1の(二))がなされたことは前示のとおりであるところ、これを被告就業規則五九条所定の懲戒事由に照らしてみると、次のとおりである。

原告が大声で大西の姓を呼び捨てにしたこと及び大西の左頬を平手打ちし、胸部を突いてボテ箱上に転倒させ、傷害を与えたことはいずれも、同五九条七号(「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があったとき」)、八号(「職務上の規律を乱し、または乱そうとする行為があったとき」)、一八号(「第五条の規定(同規則五条八項「職員は、局所内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない」)に違反したとき」)に各該当し、また、大西が原告の席で原告の午前中の行為について「静かに話してくれ。」云々と注意したことに対し原告が「しつこい、お前とは話せん。」等と反抗した一連の行為は、少なくとも大西が職場秩序維持のため原告に対し職場で大声を出すことを禁じかつ上司の注意に対し静かに対応することを命令する趣旨を含むことは明らかであるから、これに対し右反抗的言辞を大声で発し、更に暴行に及んだことはまさに上長の右命令に服さない旨の態度をとったことに該当すると解しうるから、同規則五九条三号(「上長の命令に服さないとき」)に該当し、したがって以上一連の行為は公社法三四条に違反するというべきであるから、更に就業規則五九条一号(「公社法または公社の業務上の規程に違反したとき」)に該当することは明らかである。

2  懲戒権の濫用

原告は、本件処分は処分の選択を誤まった点等において懲戒権を濫用した無効なものである旨主張するところ、公社法三三条一項には被告職員が懲戒事由に該当する行為をなした場合、懲戒権者は懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定されているが、どの処分を選択すべきかについて具体的な規準を定めた法律上の規定はなく、また、被告の就業規則、懲戒規程、「懲戒規程の運用について」と題する書面(<証拠略>)中にもこれにつき明確な規定は存しないから、懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当する行為の外部的態様のほか、右行為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に当該職員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるものというべきであり、これら諸事情を総合考慮したうえで、被告の職場秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。しかして、どの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようにかなり広範な事情を総合したうえでなされるものであり、しかも、前述のように、処分選択の具体的基準が定められていないことを考えると、右の判断は平素から社内の事情に通暁し部下職員の指揮監督の衝に当たる者の合理的な裁量に任されているものと解するのが相当である。したがって、その裁量は、恣意にわたることを得ず、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであってはならないが、懲戒権者の処分選択が右のような限度を超えるものとして違法性を有しない限り、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないものといわなければならない(最高裁判所昭和四九年二月二八日第一小法廷判決、民集二八巻一号六六頁参照。)もっとも、懲戒処分のうち免職処分は、被告の職員たる地位を失わしめるという重大な結果を招来するものであるから、免職処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較し特に慎重な配慮を要することは明らかであるが、そのことによっても、懲戒権者が免職処分の選択を相当とした判断について、裁量の余地を否定することはできず、それにつき、右のような特別に慎重な配慮を要することを勘案したうえで、裁量の範囲を超えているかどうかを検討してその効力を判断すべきである。

そこで、右のような見地に立って、本件処分の選択についての懲戒権者の裁量判断が社会通念に照らし合理性を欠くものと断定することができるかどうかについて、以下に検討する。

(一) 前記認定事実によれば、原告の本件非違行為は、勤務中職場において、直属の上司に対し、自らなしうる業務を代替させようとして営業課顧客の面前で同人の姓を呼び捨てにし、これを注意した同人に対し右注意をゆえなく自己及び分会への中傷、誹謗と曲解し、反発興奮して暴言を吐き、突発的短絡的に顔面を殴打、突き倒し傷害を加えたという一連の行為であって、その態様において悪質であるのみならず、被告の企業秩序に対し直接かつ重大な侵害を与え、かつ、被告業務の対外的信用を大きく損なうものであり、これによる大西の受傷も全治三週間の診断を受けたものであって軽微なものと言うことはできず、したがって、右受傷の主傷である臀部打撲症(ママ)が、たまたま足許にボテ箱があってこれに転倒したためであり偶然の要素が強いこと、右暴行行為は短時間でおさまり、これによる業務支障の程度も特に重大というほどでもなく、実際の治療を受けた回数もわずかであったこと等を考慮に入れても、本件非違行為の違法性は重大であるといわざるを得ない。加えて、本件非違行為の直前後の原告の言動は粗暴、不良で改悛の情も認められないこと、平素の服務態度も悪く、これをめぐって上司に反抗することもしばしばであったこと、被告は公衆電気通信事業のため政府の全額出資で設立された公法人であって、その事業は極めて高度の公共性を有し、そのため、被告職員には一般私企業の従業員に比較して特に厳正な服務が要請されていること(公社法三四条参照)等の事情を考慮すると、その情状は決して軽いものとはいえない。

(二) 次に、本件処分が懲戒権の濫用であるとする原告主張の他の要因について検討する。

(1) まず、原告は、本件非違行為の遠因、背景たる原告と大西間の緊張対立関係を作出した被告及び大西の責任は重大であり、本件非違行為を理由としてひとり原告のみが責められるのは片手落である旨主張する。しかしながら、本件非違行為の背景事情としての本件非違行為に至る経緯をみると、その実態は、そもそも課長交渉や二六項目メモにみられるように西山分会における原告らの組合活動に行き過ぎがあったため、西山局の労使双方が、上部労使機関の指導下に、正規の団体交渉ルールは職場交渉によるものだけであることを再確認し、更に現存慣行等問題のある取扱いを一たん凍結するという形でその是正を図ったものであるにもかかわらず、原告はこれに強い不満を持ち、一部の慣行についてはなお凍結されていないとの独自の見解のもとにその個別的復活を意図し、しかも、右正規の団体交渉ルールによることなく、極めて問題の多かった課長交渉と類似の形でこれを実現しようとして、職場委員の資格で一課長にすぎない大西に対し無理な要求を次々に出し、右凍結等の経緯からこれを拒否し続けた大西に対し反抗し、結果として両者間に対立緊張関係を一年半以上もの長期にわたり醸成せしめ、しかも右反抗を執務中の職場において労使対等原理による団交においてままみられるような罵倒的言辞を弄する等の明らかに行き過ぎた態度で行い、挙げ句の果ては上司たる大西を無視する等反抗的態度の継続にまでたかまったものである。もっとも、大西においても、本件凍結の趣旨を忠実に実行しようとする余り、また、前任者時代に乱れていた職場規律の回復、確認に熱心である余り、職場関係の円滑化という観点からみて課長権限の行使方法等に柔軟性を欠く面が全くなかったとまではいえないが、本件凍結前の職場の状況と二度の上部労使機関関与による凍結という経緯のもとにある現場管理者のおかれた立場や前記原告の明らかに行き過ぎた態度に照らせば、そのゆえをもって大西を強く非難することはできず、かえって前記対立緊張関係を発生させた主たる原因は原告にあったというべきである。なお、原告は、本件非違行為の直接の発端をなした泊出張をめぐる対立についても、その非は大西にあるのみならず、更に大西が意図的に挑発ないし刺激的言動をとったため本件非違行為が誘発されたものであるなどとも主張するが、泊出張に関する対立も結局は右対立緊張関係の一環として生じたものであるところ、前記認定の泊出張をめぐる両者間のやりとりに徴しても、その非は原告にあったというべきであり、また、大西に殊更原告を挑発ないし刺激する意図等がなかったことは前示のとおりであるから、原告の以上の主張は採用できない。

(2) また、原告は、本件処分手続は原告から弁解等を聴取することなく過早になされた点で不当であるなどと主張するが、弁解を聴取しないことをもって直ちに違法になるものでないことは前示のとおりであるのみならず、前記認定の本件非違行為の事案に照らせば、仮に弁解の機会が設けられたとしても、それによって懲戒裁量をなすに当たり原告に有利に考慮すべき格別の事情が判明したとも思えないから、右弁解を聴取しなかったことをもって本件処分についての懲戒裁量の合理性欠缺の根拠事由とはなしえない。もっとも、原告の謝罪意思に関しては、本件非違行為後原告が一度謝罪する気になったことは前記認定のとおりであるが、これとて被告の懲戒委員会において本件処分が決定した後のことであるし、右懲戒委員会は既に原告の謝罪意思につき組合を通じてその有無を確認していたものであるから、それ以上この点につき確認する必要はなかったものというべきである。また、もともと懲戒処分はすみやかになされるのが本旨であり、懲戒規程上も二週間以内に審査を始め二か月以内に処分をすべき旨定められている以上、本件処分が比較的早期に決定に至ったとしても、そのゆえをもって不当ということはできないし、前記認定事実によれば、本件処分が所定の手続を履践したうえで正規になされたものであることは明らかであり、また、被告が不当な目的のもとに殊更に処分を急いだような事情を認めるに足りる証拠もないから、処分手続に関する原告の主張も採用できない。

(3) 更に、原告は、被告には本件のような類型の事案については停職処分にとどめる旨の処分基準が存するところ、本件処分は右処分基準を逸脱し、他の懲戒処分例に比し著しく均衡を失した過酷な処分である旨主張するが、まず、原告主張のような処分基準については、昭和四七年三月から同五七年四月までの間に職場で上司に暴行傷害を加えた非違行為五件につきいずれも停職処分(三か月ないし一年)をなしている事実が認められるが(<証拠略>)、懲戒処分は前記のように広範にわたる諸事情を総合考慮したうえでなされるものであるから、たまたま右の五件が停職処分に終わっていることから直ちに本件のような類型の事案については停職処分にとどめる旨の処分基準が存するということができないことは明らかである。次に、他の同種類似事案における処分例に比較して本件処分が著しく均衡を失した処分であるといいうるためには、前記のとおり懲戒処分が広範な諸事情を総合考慮したうえでなされるものである以上、比較の前提として、非違行為の種類、態様のみならず、背景事情その他諸般の情状事実もほぼすべて同様と考えられる事例との比較において従前はより軽い処分がされている事実が認められなくてはならない。ところで、右五件のうち昭和四九年七月二六日付処分にかかる豊中局の暴行傷害事案を除くその余の事案については、前掲各証拠によっては、概括的な非違行為の態様と結果を知り得るにとどまり、その余の情状事実についてはこれを知り得る証拠がなく、右豊中局の事案については、(証拠略)によれば、被処分者の処分歴、暴行の具体的態様、傷害程度等の細部を除けば、ほぼ原告主張どおりの事実が認められ、これによれば、右事案は勤務中職場における上司に対する暴行傷害事件である点、被処分者の過去の組合活動に行き過ぎがみられた点等において本件事案に類似する面があることは否定できないものの、他面、右事案は本件事案とは時期を異にする全く別の機会に発生したものであるうえに、本件非違行為がいわば被告の玄関ともいうべき営業課窓口付近で、しかも一部は顧客の面前で行われ被告業務に対する対外的信用を大きく損なうものであったのに対し、右豊中局の事案ではそのような事情は認められない点や、被害者の対応状況、傷害程度等の点において事情を異にするものといわなければならず、また、前掲各証拠によっても、懲戒裁量で考慮されるべきその余の事情が必ずしも詳らかにされているともいいがたい。結局、右豊中局の事案が非違行為の種類、態様、その他諸般の情状事実も本件事案とほぼすべて同様の事案であると認めることはできず、したがって、原告の右主張も理由がない。よって、原告の右主張もまた理由がない。

(三) 以上の事情を考慮すると、本件処分が懲戒免職処分であって、被告職員たる地位を失わしめるという結果を招来するものであるゆえに他の処分に比較し特に慎重な配慮を要することを勘案しても、本件処分の選択についての懲戒権者の裁量判断が、社会通念に照らし合理性を欠くものとまでは断定することはできず、したがって、原告の懲戒権濫用の主張は理由がないものといわなければならない。

四  以上のとおりであるから、本件処分は有効であり、原告の本訴請求は理由がない。

第二反訴について

一  本件部屋明渡請求について

1  原告が昭和四〇年四月被告に雇用され、同四五年四月一七日被告から本件部屋を借り受けたこと、原告が同五〇年一〇月三日本件処分に付されたこと、被告が社宅規程二三条一号(「被告職員でなくなったときは、すみやかに社宅を退居しなければならない」)に基づき、原告に対し本件部屋の明渡指定日を同年一一月一日と定めてその明渡しを請求したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、本件処分が有効であることは前記第一で判示したとおりであるから、原告は本件処分により被告職員たる身分を失ったものというべきであり、したがって、右明渡指定日以降、原告は本件部屋の明渡義務を負うに至ったものということができる。

2  そして、(証拠略)によれば、本件部屋の使用料は本件処分当時一か月金一〇八〇円であったが、昭和五四年四月一日以降一か月金一二七〇円と改訂されたことが認められる。

ところで、原告は本件部屋の賃料としてその主張額を弁済供託している旨付言し、右供託の事実については当事者間に争いがないけれども、被告は原告に本件部屋の使用権限がないことを前提にその使用料相当損害金の支払いを請求しているのであるから、右権限があることを前提に賃料としてなされた原告の弁済供託が右請求に対する有効な弁済としての効力を生じないことはいうまでもない。

3  そうすると、原告は被告に対し、本件部屋の明渡及び右明渡指定日の後である昭和五〇年一二月一日から同五八年二月二八日までの使用料相当損害金合計金一〇万二八九〇円と同年三月一日から本件部屋明渡ずみまで一か月金一二七〇円の割合による使用料相当損害金の支払義務がある。

二  仮払金返還請求について

1  反訴請求原因5、6の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、いわゆる満足的仮処分としての賃金仮払いを命ずる仮処分決定が、その異議訴訟における確定判決により取り消されたときは、暫定的仮定的な処分である仮処分決定に基づいてなされた仮払金の支払いは、その執行の基礎を失うというべきであるから、仮払金の支払いを受けた仮処分債権者は仮処分債務者に対し右仮払金を当然返還(原状回復)すべき義務を負うものと解するのが相当である。

しかして、原告は、本件処分が無効であることを前提に右仮払金返還債権と原告の被告に対する賃金債権とを相殺する旨主張するが、本件処分が有効であることは既に認定説示したとおりであるから、右主張はその前提を欠き理由がない。

3  そうすると、原告は被告に対し、右仮払金返還金七五九万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五八年三月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却し、被告の反訴請求はすべて理由があるからいずれもこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し(なお、本件部屋明渡についての仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮地英雄 裁判官 下山保男 裁判官 小野洋一)

別紙 処分理由

「原告が昭和五〇年九月一八日西山局営業課事務室において勤務中、来客と応対していた営業課長に対して大声で姓を呼びすてにし、後刻その行為を諭した同課長の左頬を殴り胸部を押して転倒させ傷害を与える暴行をはたらいた。これらのことは、日本電信電話公社職員就業規則五九条一号、三号、七号、八号及び十八号に該当し、その情極めて重く公社職員としてはなはだ不都合である」

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